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	<title>スウェーデンログハウス株式会社 &#187; 安曇野の陽だまりから</title>
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	<description>長野県安曇野市のスウェーデンログハウス日本代理店</description>
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		<title>豊か</title>
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		<pubDate>Fri, 21 Jan 2011 13:12:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zanma</dc:creator>
				<category><![CDATA[安曇野の陽だまりから]]></category>

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		<description><![CDATA[2011/01/21 毛をぬかれた猿である私たちは、文明の利器を取り上げられてしまうと、途端に原始人に戻ったように不安になってしまうものです……。 困ったことに、年末年始、パソコンが完全に壊れてしまい何もできずにいた次第です。 そういえば、脚本家の倉本聰氏が面白いことを言っています。 「たかが3メートル歩く労力を惜しんでテレビのリモコンを発明した現代人は、その運動不足を補うために、スポーツジムに通い、高い金はらって、何の生産性もない重たいものを上げたり下ろしたりし、どこへも行きつかない自転車を一生懸命こいだりしている。これって、ホモサピエンスじゃなくて、『ほぼサスペンス』だよね」。って。 笑ってしまいますが、笑い事じゃありません。 そのうち取り返しのつかないことになってしまう前に、皆、健全な自然回帰の暮らしを目指せば良いのに……と思い、そんな生き方を羨望する今日このごろです。 豊かとは、いったい何だろう 季節でない野菜がいつでも食べられるということだろうか 昼も夜もなく常に明るいということなのか できるだけ身体を使わず楽をすることか はたして、経済的にリッチになれたからといって、それを幸せと呼んで良いのだろうか 私たちは文明に麻痺してはいないか 車と足はどっちが大事……？ 石油と水はどっちが大事……？ 人は、500年かけて育った木をわずか5分で伐ってしまう現実をどう理解するのだろう （※倉本聰が語る言葉のフレーズを断片的にまためたものです。） ▲何年か前、白馬ちかくの僻村「小谷村」をさらに奥へ登った「真木」というところへ行った。 昔いためた左膝の後遺症をかばいながらも、健脚の友の背を見失わぬよう息をきらせ登った。 森も川も美しいが、その道程は苦しいだけの地獄の行軍であった。 けれど、否、それ故に、 辿り着いた時の感動は言うに表せないものだった。 まさに、これを桃源郷と呼ばずして、何処をそう言うのだろうか。 すでに廃村となり、今では共働学舎なるものを名のる自給自足の人たちが密やかに暮らすだけの そこは、本当にタイムスリップでもしたかのような光景だった。 光りを抱いた小川は静かなせせらぎの音をたて、鶏は遊び、山羊 が目を細めてこちらを見ている。 そこに、自分たちのような汚れた人間が立っていることが変に不思議に思えた。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2011/01/21</p>
<p>毛をぬかれた猿である私たちは、文明の利器を取り上げられてしまうと、途端に原始人に戻ったように不安になってしまうものです……。<br />
困ったことに、年末年始、パソコンが完全に壊れてしまい何もできずにいた次第です。</p>
<p>そういえば、脚本家の倉本聰氏が面白いことを言っています。<br />
「たかが3メートル歩く労力を惜しんでテレビのリモコンを発明した現代人は、その運動不足を補うために、スポーツジムに通い、高い金はらって、何の生産性もない重たいものを上げたり下ろしたりし、どこへも行きつかない自転車を一生懸命こいだりしている。これって、ホモサピエンスじゃなくて、『ほぼサスペンス』だよね」。って。</p>
<p>笑ってしまいますが、笑い事じゃありません。<br />
そのうち取り返しのつかないことになってしまう前に、皆、健全な自然回帰の暮らしを目指せば良いのに……と思い、そんな生き方を羨望する今日このごろです。</p>
<p><span style="color: #800000;"><strong><em><span style="color: #993300;"><span style="color: #003300;">豊かとは、いったい何だろう<br />
</span><span style="color: #003300;"> </span></span></em></strong><em><span style="color: #003300;"> </span></em></span><span style="color: #800000;"><strong><em><span style="color: #993300;"><span style="color: #003300;">季節でない野菜がいつでも食べられるということだろうか<br />
</span><span style="color: #003300;"> </span></span></em></strong><em><span style="color: #003300;"> </span></em></span><span style="color: #800000;"><strong><em><span style="color: #993300;"><span style="color: #003300;">昼も夜もなく常に明るいということなのか<br />
</span><span style="color: #003300;"> </span></span></em></strong><em><span style="color: #003300;"> </span></em></span><span style="color: #800000;"><strong><em><span style="color: #993300;"><span style="color: #003300;">できるだけ身体を使わず楽をすることか<br />
</span><span style="color: #003300;"> </span></span></em></strong><em><span style="color: #003300;"> </span></em></span><span style="color: #800000;"><strong><em><span style="color: #993300;"><span style="color: #003300;">はたして、経済的にリッチになれたからといって、それを幸せと呼んで良いのだろうか<br />
</span><span style="color: #003300;"> </span></span></em></strong><em><span style="color: #003300;"> </span></em></span><span style="color: #800000;"><strong><em><span style="color: #993300;"><span style="color: #003300;">私たちは文明に麻痺してはいないか<br />
</span><span style="color: #003300;"> </span></span></em></strong><em><span style="color: #003300;"> </span></em></span><span style="color: #800000;"><strong><em><span style="color: #993300;"><span style="color: #003300;">車と足はどっちが大事……？<br />
</span><span style="color: #003300;"> </span></span></em></strong><em><span style="color: #003300;"> </span></em></span><span style="color: #800000;"><strong><em><span style="color: #993300;"><span style="color: #003300;">石油と水はどっちが大事……？<br />
</span><span style="color: #003300;"> </span></span></em></strong><em><span style="color: #003300;"> </span></em></span><span style="color: #800000;"><strong><em><span style="color: #003300;">人は、500年かけて育った木をわずか5分で伐ってしまう現実をどう理解するのだろう</span></em></strong></span></p>
<p>（※倉本聰が語る言葉のフレーズを断片的にまためたものです。）</p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/yutaka2.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-2218" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/yutaka2-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
<p>▲何年か前、白馬ちかくの僻村「小谷村」をさらに奥へ登った「真木」というところへ行った。<br />
昔いためた左膝の後遺症をかばいながらも、健脚の友の背を見失わぬよう息をきらせ登った。<br />
森も川も美しいが、その道程は苦しいだけの地獄の行軍であった。<br />
けれど、否、それ故に、 辿り着いた時の感動は言うに表せないものだった。<br />
まさに、これを桃源郷と呼ばずして、何処をそう言うのだろうか。<br />
すでに廃村となり、今では共働学舎なるものを名のる自給自足の人たちが密やかに暮らすだけの そこは、本当にタイムスリップでもしたかのような光景だった。<br />
光りを抱いた小川は静かなせせらぎの音をたて、鶏は遊び、山羊 が目を細めてこちらを見ている。<br />
そこに、自分たちのような汚れた人間が立っていることが変に不思議に思えた。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>中秋の名月</title>
		<link>http://www.sweden-loghouse.com/blog/2143.html</link>
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		<pubDate>Wed, 29 Sep 2010 08:16:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zanma</dc:creator>
				<category><![CDATA[安曇野の陽だまりから]]></category>

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		<description><![CDATA[9月某日 今宵は中秋の名月…… 風月を友とし、無為な時と戯れる。 私は文庫本を手にベランダへ出た。 月の灯りだけで充分に本が読めるのでは……と思うほどに明るかったからだ。 けれど、ベンチに腰掛けページをめくるも、さすがに、文庫本の細かな文字には少し骨が折れる。 ただただ、初秋の涼しい空気感が肌に心地よく、しばし、虫の音に心を奪われる。 気が付くと、手元の本はいくらも読み進んでいないのに、時だけが随分と過ぎていた。 都会に星がないと誰かが言う でも本当は　星がいらないくらい明るいから それなのに　あんなに道に迷う人が多いのはどうしてなんだろう 真っ暗な田舎道に街燈をつけようと誰かが言う すると別の誰かが言った　「星が見えなくなる……」]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>9月某日</p>
<p>今宵は中秋の名月……<br />
風月を友とし、無為な時と戯れる。<br />
私は文庫本を手にベランダへ出た。<br />
月の灯りだけで充分に本が読めるのでは……と思うほどに明るかったからだ。<br />
けれど、ベンチに腰掛けページをめくるも、さすがに、文庫本の細かな文字には少し骨が折れる。<br />
ただただ、初秋の涼しい空気感が肌に心地よく、しばし、虫の音に心を奪われる。<br />
気が付くと、手元の本はいくらも読み進んでいないのに、時だけが随分と過ぎていた。</p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/meigestu.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-2144" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/meigestu-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
<p><em><strong>都会に星がないと誰かが言う<br />
でも本当は　星がいらないくらい明るいから<br />
それなのに　あんなに道に迷う人が多いのはどうしてなんだろう</strong></em></p>
<p><em><strong>真っ暗な田舎道に街燈をつけようと誰かが言う<br />
すると別の誰かが言った　「星が見えなくなる……」</strong></em></p>
]]></content:encoded>
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		<title>花火</title>
		<link>http://www.sweden-loghouse.com/blog/1998.html</link>
		<comments>http://www.sweden-loghouse.com/blog/1998.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 16 Aug 2010 14:36:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zanma</dc:creator>
				<category><![CDATA[安曇野の陽だまりから]]></category>

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		<description><![CDATA[私にとって、初めての花火の思い出…… やはり、それは故郷・新潟の花火だ。 父の腹に持たれ、屋根の棟にまたがって観た信濃川の花火である。 日頃は恐いばかりで、父の膝に遊んだ記憶も稀だったけれど、あの日ばかりは違っていた。 何ごとにも厳格な父が、枝豆の食べ殻をポイと屋根から投げ捨て、「お前もやれ、玄関の前は明日の朝掃除すれば良い」と言って悪戯っぽく笑った。 10才になったばかりの夏の思い出だ……。 長峰山頂から観る安曇野の花火は、途中から雨になってしまった不運も手伝ってか、やはりあの夏の花火に勝るものではなかった けれど、本来、下から見上げるばかりの花火を真正面に見る面白さは此処ならではのものであろう。 私の父は昭和五年の生まれで、敗戦のその年はまだ15才の少年であった。 だから、本当なら戦争になど行かなくても良かったはずなのに、時勢に感化されるまま、予科練の徴兵に志願した。両親の反対や職業軍人であった伯父の諌しめさえ聞かず、「昔なら元服して戦さに行く歳だ！」などと、血気盛んに入隊したのだが、幸い、戦地に赴く前に終戦をむかえている。 それから50余年、逝く前の年、「あの経験が俺の人生観を変えた」と父は豪胆ぶり、杯をほした。そんな、平和観や死生観に反発しつつも、何故だか、号泣しながら父の戦時体験を夜どおし聞いたのを懐かしく想う。 戦後65年の節に、昨晩、NHKで「15歳の志願兵」というドラマを放映していたけれど、まさしく、亡父の青春を垣間見る想いであった。 良いも悪いも無く、「青春」という輝くべき季節を、ただ一つの形でしか許されず過ごした、若者たちの時代があったのだ。 新潟（長岡）の花火を見物しながら山下清画伯はこう言ったそうだ…… 「世界中の爆弾を無くして、全部 花火にしちゃえば良のになぁ。そうすれば皆が幸せになれるのに」。 まったく、その通りである。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>私にとって、初めての花火の思い出……<br />
やはり、それは故郷・新潟の花火だ。<br />
父の腹に持たれ、屋根の棟にまたがって観た信濃川の花火である。<br />
日頃は恐いばかりで、父の膝に遊んだ記憶も稀だったけれど、あの日ばかりは違っていた。<br />
何ごとにも厳格な父が、枝豆の食べ殻をポイと屋根から投げ捨て、「お前もやれ、玄関の前は明日の朝掃除すれば良い」と言って悪戯っぽく笑った。<br />
10才になったばかりの夏の思い出だ……。</p>
<p>長峰山頂から観る安曇野の花火は、途中から雨になってしまった不運も手伝ってか、やはりあの夏の花火に勝るものではなかった<br />
けれど、本来、下から見上げるばかりの花火を真正面に見る面白さは此処ならではのものであろう。</p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-1.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-2015" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-1-320x233.jpg" alt="" width="320" height="233" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-2.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-2014" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-2-320x220.jpg" alt="" width="320" height="220" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-3.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-2013" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-3-320x258.jpg" alt="" width="320" height="258" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-4.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-2012" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-4-320x234.jpg" alt="" width="320" height="234" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-5.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-2011" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-5-320x247.jpg" alt="" width="320" height="247" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-6.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-2010" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/HANA-6-320x249.jpg" alt="" width="320" height="249" /></a></p>
<hr />私の父は昭和五年の生まれで、敗戦のその年はまだ15才の少年であった。<br />
だから、本当なら戦争になど行かなくても良かったはずなのに、時勢に感化されるまま、予科練の徴兵に志願した。両親の反対や職業軍人であった伯父の諌しめさえ聞かず、「昔なら元服して戦さに行く歳だ！」などと、血気盛んに入隊したのだが、幸い、戦地に赴く前に終戦をむかえている。<br />
それから50余年、逝く前の年、「あの経験が俺の人生観を変えた」と父は豪胆ぶり、杯をほした。そんな、平和観や死生観に反発しつつも、何故だか、号泣しながら父の戦時体験を夜どおし聞いたのを懐かしく想う。<br />
戦後65年の節に、昨晩、NHKで「15歳の志願兵」というドラマを放映していたけれど、まさしく、亡父の青春を垣間見る想いであった。</p>
<p>良いも悪いも無く、「青春」という輝くべき季節を、ただ一つの形でしか許されず過ごした、若者たちの時代があったのだ。</p>
<p>新潟（長岡）の花火を見物しながら山下清画伯はこう言ったそうだ……<br />
「世界中の爆弾を無くして、全部 花火にしちゃえば良のになぁ。そうすれば皆が幸せになれるのに」。</p>
<p>まったく、その通りである。</p>
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		<title>長峰山頂……雲間の光</title>
		<link>http://www.sweden-loghouse.com/blog/1991.html</link>
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		<pubDate>Thu, 12 Aug 2010 16:23:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zanma</dc:creator>
				<category><![CDATA[安曇野の陽だまりから]]></category>

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		<description><![CDATA[長峰山頂……雲間の光と夜景 夕立ちの後の透明な空気感が心地いい。 山向うの西陽は一そう眩しく、雲間からは光の柱が延びている。 我が家からこんな近い処で、ちょっとした旅気分に浸れる小さな幸せに私は満足していた。 ここは、高瀬川と犀川の合流を眼下に見る、「長峰荘」という安曇野市営の湯宿。 8月14日の花火見物をする場所の下見を兼ね、老母を伴い湯をつかいに登ってきた。 天然温泉ではないが、安曇平が一望できる絶景の場所であり、かつて此処に、川端康成、井上靖、東山魁夷の三巨匠が会し、その時、川端氏は「残したい静けさ、美しさ」と評し揮毫したという。 かるく閉じた目蓋を西陽に向けると、なにか懐かしい記憶が蘇るような気分になるのはどうしてなんだろう。 数カ月間の忙殺の日々が嘘のように癒され、消えてなくなる。ふと、涼しい風が、露天に腰かける私の頬をなでて通った。 後から入ってきた爺さんが良い調子で詩吟を唸りだすと、それに刺激されてか、父親に連れられた小さな女の子が、「♪お馬の親子は仲良しこよし……」と可愛いらしく対抗する。 嗚呼、こんな穏やかな気持ちになれたのは、いったい、いつぶりだろうか。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>長峰山頂</strong>……雲間の光と夜景</p>
<p>夕立ちの後の透明な空気感が心地いい。<br />
山向うの西陽は一そう眩しく、雲間からは光の柱が延びている。<br />
我が家からこんな近い処で、ちょっとした旅気分に浸れる小さな幸せに私は満足していた。<br />
ここは、高瀬川と犀川の合流を眼下に見る、「長峰荘」という安曇野市営の湯宿。<br />
8月14日の花火見物をする場所の下見を兼ね、老母を伴い湯をつかいに登ってきた。<br />
天然温泉ではないが、安曇平が一望できる絶景の場所であり、かつて此処に、川端康成、井上靖、東山魁夷の三巨匠が会し、その時、川端氏は「残したい静けさ、美しさ」と評し揮毫したという。</p>
<p>かるく閉じた目蓋を西陽に向けると、なにか懐かしい記憶が蘇るような気分になるのはどうしてなんだろう。<br />
数カ月間の忙殺の日々が嘘のように癒され、消えてなくなる。ふと、涼しい風が、露天に腰かける私の頬をなでて通った。</p>
<p>後から入ってきた爺さんが良い調子で詩吟を唸りだすと、それに刺激されてか、父親に連れられた小さな女の子が、「♪お馬の親子は仲良しこよし……」と可愛いらしく対抗する。<br />
嗚呼、こんな穏やかな気持ちになれたのは、いったい、いつぶりだろうか。</p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/nagamine-1.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1992" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/nagamine-1-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/nagamine-2.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1993" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/nagamine-2-320x197.jpg" alt="" width="320" height="197" /></a></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>スウェーデン紀行 2010〈報告-5〉</title>
		<link>http://www.sweden-loghouse.com/blog/1907.html</link>
		<comments>http://www.sweden-loghouse.com/blog/1907.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 01 May 2010 20:57:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zanma</dc:creator>
				<category><![CDATA[安曇野の陽だまりから]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.sweden-loghouse.com/?p=1907</guid>
		<description><![CDATA[スウェーデン報告-5（2010/05/02） スウェーデン人は旧いものを愛し懐かしむ。 私が　かの地に執心する理由の大がそこにある。 ストックホルム旧市外「ガムラスタン」では、多くのそんな人たちを見かけた。 今日は「ノスタルジック・ミュージアム」]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>スウェーデン報告-5（2010/05/02）</p>
<p>スウェーデン人は旧いものを愛し懐かしむ。<br />
私が　かの地に執心する理由の大がそこにある。<br />
ストックホルム旧市外「ガムラスタン」では、多くのそんな人たちを見かけた。</p>
<p>今日は「ノスタルジック・ミュージアム」</p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-21.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1908" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-21-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-os-13.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1909" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-os-13-320x230.jpg" alt="" width="320" height="230" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-os-22.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1910" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-os-22-320x230.jpg" alt="" width="320" height="230" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-os-3.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1911" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-os-3-320x229.jpg" alt="" width="320" height="229" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-os-41.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1912" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-os-41-320x233.jpg" alt="" width="320" height="233" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-5.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1914" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-5-320x229.jpg" alt="" width="320" height="229" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-6.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1915" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-6-320x228.jpg" alt="" width="320" height="228" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-7.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1916" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-7-320x228.jpg" alt="" width="320" height="228" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-8.jpg"><br />
</a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-1.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1913" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-1-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-9.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1918" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-9-166x320.jpg" alt="" width="166" height="320" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-10.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1919" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-10-205x320.jpg" alt="" width="205" height="320" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-11.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1920" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-so-11-221x320.jpg" alt="" width="221" height="320" /></a></p>
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		<title>スウェーデン紀行 2010〈報告-4〉</title>
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		<pubDate>Sat, 01 May 2010 19:22:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zanma</dc:creator>
				<category><![CDATA[安曇野の陽だまりから]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.sweden-loghouse.com/?p=1896</guid>
		<description><![CDATA[スウェーデン報告-4（2010/04/30） 夕方5時も近くなってくると、辺りはすっかり夜である。 さすがに寒さも増し、暖房のきいたホテルの部屋が恋しくなってきた。 少しでも近道をしようと、かつて入ったことのない裏ぶれ通りを歩いていた。 そこはガムラスタンのはずれである。 どうということのない店ばかりが連なる通りの一角に、これまた何ということもない汚い骨董屋があった。 間口3mもない小さな店の扉を押し開けると、まるで壁のように雑多な品々が山と積み上げられている。 ほぼ真っ暗というに近い店内に、背丈を超えるほどのガラクタが崩れもせず雑然としてあるのだ。大袈裟と思うだろうけれど本当だ。 奥にいる　しょぼくれ親爺に目で挨拶をするも、さすがに見るべき物は無きだろうと呆れていたところ、ふと私好みの古びた銅板画のポスターが目についた。 それを手にとり、「イズ・ディス・オールド・ストックホルム？」と尋ねてみた。 すると店主は、「ノー、ゴーセンブルク！」と言った。 『ゴーセンブルク』とはスウェーデンで最も旧く且つ大きな貿易港『イヨテボリ=Göteborg』の英語読みの名だ。 よく見れば、たしかに『Göteborg』と枠外に記してあり、『1850』と明記されていた。 しかも、ボロボロのその1枚を持ち上げると、さらにその下に『1800』と書かれたもう1枚を見つけた。 旅とはこれだから面白い。 何の期待もしていないところに、ふとした宝がころがっているものである。 無論、常人には何ら益なきガラクタに違いないのだろうけれど、まがりなりに貿易を生業う私にとっては、実に興味深い発掘の成果であった。 1枚150Kr、2枚で300Kr。安くもないが高くもない……。しかし、この旅の経費のほとんどをカード払いで済まそうと考えていた私は、多くの現金を持っていない。案の定、こんな小さな店は現金商売にきまっていた。 「2枚とも買うから200Krにならないか？」と強引な値切り交渉を試みたが無駄であった。仕方なく私は、1850年の1枚のみを言い値で買うことにして、1800年のもう1枚は、未練がましくデジカメに収めることにした。 200年を超える昔、全く何もない原野だったところが、わずか50年の後には、実に冠たる大港に発展した勇姿である。 ▲ 1800年 Göteborg　遥かを見つめる二人の男の図 ▲ 1850年 Göteborg　酒樽を転がす人夫や商人たちの図]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>スウェーデン報告-4（2010/04/30）</strong></p>
<p><strong>夕方5時も近くなってくると、辺りはすっかり夜である。<br />
さすがに寒さも増し、暖房のきいたホテルの部屋が恋しくなってきた。<br />
少しでも近道をしようと、かつて入ったことのない裏ぶれ通りを歩いていた。<br />
そこはガムラスタンのはずれである。<br />
どうということのない店ばかりが連なる通りの一角に、これまた何ということもない汚い骨董屋があった。<br />
間口3mもない小さな店の扉を押し開けると、まるで壁のように雑多な品々が山と積み上げられている。<br />
ほぼ真っ暗というに近い店内に、背丈を超えるほどのガラクタが崩れもせず雑然としてあるのだ。大袈裟と思うだろうけれど本当だ。<br />
奥にいる　しょぼくれ親爺に目で挨拶をするも、さすがに見るべき物は無きだろうと呆れていたところ、ふと私好みの古びた銅板画のポスターが目についた。<br />
それを手にとり、「イズ・ディス・オールド・ストックホルム？」と尋ねてみた。<br />
すると店主は、「ノー、ゴーセンブルク！」と言った。<br />
『ゴーセンブルク』とはスウェーデンで最も旧く且つ大きな貿易港『イヨテボリ=Göteborg』の英語読みの名だ。<br />
よく見れば、たしかに『Göteborg』と枠外に記してあり、『1850』と明記されていた。<br />
しかも、ボロボロのその1枚を持ち上げると、さらにその下に『1800』と書かれたもう1枚を見つけた。<br />
旅とはこれだから面白い。<br />
何の期待もしていないところに、ふとした宝がころがっているものである。<br />
無論、常人には何ら益なきガラクタに違いないのだろうけれど、まがりなりに貿易を生業う私にとっては、実に興味深い発掘の成果であった。<br />
1枚150Kr、2枚で300Kr。安くもないが高くもない……。しかし、この旅の経費のほとんどをカード払いで済まそうと考えていた私は、多くの現金を持っていない。案の定、こんな小さな店は現金商売にきまっていた。<br />
「2枚とも買うから200Krにならないか？」と強引な値切り交渉を試みたが無駄であった。仕方なく私は、1850年の1枚のみを言い値で買うことにして、1800年のもう1枚は、未練がましくデジカメに収めることにした。</strong></p>
<p><strong>200年を超える昔、全く何もない原野だったところが、わずか50年の後には、実に冠たる大港に発展した勇姿である。</strong></p>
<p><strong><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/Gy18001.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1897" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/Gy18001-320x227.jpg" alt="" width="320" height="227" /></a></strong></p>
<p><strong>▲ 1800年 </strong><strong> Göteborg　遥かを見つめる二人の男の図</strong></p>
<p><strong><br />
</strong></p>
<p><strong><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/GY1850.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1898" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/GY1850-320x227.jpg" alt="" width="320" height="227" /></a></strong></p>
<p><strong>▲ 1850年 </strong><strong> Göteborg　酒樽を転がす人夫や商人たちの図</strong></p>
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		<title>スウェーデン紀行 2010〈報告-3〉</title>
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		<pubDate>Sat, 01 May 2010 15:10:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zanma</dc:creator>
				<category><![CDATA[安曇野の陽だまりから]]></category>

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		<description><![CDATA[スウェーデン報告-3（2010/04/25） 都会より少し遅れの春がやってきました。 去年ならもっと早い頃に、とっくに暖かくなっていたのに、今年はちょっと変……。 否、本当はこんなもんのはず……信州は。 でもこれは、地球温暖化への歯止めではなく、むしろ、それに伴う異常気象の現れなのだろうか……。 （まいりました！ 永年愛用のMac-PCが突然こわれ、ずいぶんの間、原始人に戻っておりました。 ようやく中古のPCを手に入れ、通常どおりの仕事は再開したものの、以来、くじけっぱなしでブログもさぼっていた次第です）。 さて、今日は、ストックホルムの旧市外「ガムラスタン」を紹介したい。 時間調整で１日空いた私は、迷わず、何度もおとずれている気にいりスポット「ガムラスタン」の散歩に出かけた。 そもそも、その目的のためにホテルを選んだと言ってよく、フロントを出て、急な階段を上り、ゆるい坂を下れば既にガムラスタンの棟たちがほど近く観えてくる。 とはいえ、目的の南西端に行き着くには平たんな雪路を30〜40分ほどは歩く。しかし、当然に苦はなく、歩くほどに胸はウキウキと踊る。 見なれたはずの街なみが目新しい。冬のストックホルムは、私にとり初めての街に等しかった。 はしゃぐ犬のように駆け回ること５時間、気がつけば、真冬のガムラスタンはいつしか黄昏の刻を迎えていた。 これで、おそらく午後３時すぎくらいである。 私は、雪の舗道にペタリと胡座をかき、息をころしファインダーを覗いた。 バカチョンの如き安デジカメで撮ったにしては、まぁ　こんなものだろう。 ここを訪れる誰もが魅了される裏路地の数々…… かの、アインシュタインは、初めて京都を訪れ祇園の路地を観た時、「日本には魔法の光がある……」と言ったという。ここにも、魔法の光があった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-1867"></span>スウェーデン報告-3（2010/04/25）</p>
<p>都会より少し遅れの春がやってきました。<br />
去年ならもっと早い頃に、とっくに暖かくなっていたのに、今年はちょっと変……。<br />
否、本当はこんなもんのはず……信州は。<br />
でもこれは、地球温暖化への歯止めではなく、むしろ、それに伴う異常気象の現れなのだろうか……。</p>
<p>（まいりました！<br />
永年愛用のMac-PCが突然こわれ、ずいぶんの間、原始人に戻っておりました。<br />
ようやく中古のPCを手に入れ、通常どおりの仕事は再開したものの、以来、くじけっぱなしでブログもさぼっていた次第です）。</p>
<p>さて、今日は、ストックホルムの旧市外「ガムラスタン」を紹介したい。<br />
時間調整で１日空いた私は、迷わず、何度もおとずれている気にいりスポット「ガムラスタン」の散歩に出かけた。<br />
そもそも、その目的のためにホテルを選んだと言ってよく、フロントを出て、急な階段を上り、ゆるい坂を下れば既にガムラスタンの棟たちがほど近く観えてくる。<br />
とはいえ、目的の南西端に行き着くには平たんな雪路を30〜40分ほどは歩く。しかし、当然に苦はなく、歩くほどに胸はウキウキと踊る。<br />
見なれたはずの街なみが目新しい。冬のストックホルムは、私にとり初めての街に等しかった。</p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-7.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1885" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-7-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-8.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1886" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-8-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-9.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1887" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-9-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-kogi.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1879" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010-kogi-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
<p>はしゃぐ犬のように駆け回ること５時間、気がつけば、真冬のガムラスタンはいつしか黄昏の刻を迎えていた。<br />
これで、おそらく午後３時すぎくらいである。<br />
私は、雪の舗道にペタリと胡座をかき、息をころしファインダーを覗いた。<br />
バカチョンの如き安デジカメで撮ったにしては、まぁ　こんなものだろう。</p>
<p>ここを訪れる誰もが魅了される裏路地の数々……</p>
<p>かの、アインシュタインは、初めて京都を訪れ祇園の路地を観た時、「日本には魔法の光がある……」と言ったという。ここにも、魔法の光があった。</p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-3.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1880" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-3-240x320.jpg" alt="" width="240" height="320" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-4.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1881" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-4-240x320.jpg" alt="" width="240" height="320" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-5.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1882" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-5-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-61.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1890" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010gamura-61-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
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		<title>スウェーデン紀行 2010〈報告-2〉</title>
		<link>http://www.sweden-loghouse.com/blog/1824.html</link>
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		<pubDate>Wed, 03 Feb 2010 09:30:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zanma</dc:creator>
				<category><![CDATA[安曇野の陽だまりから]]></category>

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		<description><![CDATA[スウェーデン報告-2（2010/02/03） エッセイ「白夜の風に漂う」の基稿を書き上げた翌年、2002年7月、再びスウェーデン行きの機会を得た。間借りなりにも一巻の小册を手掛けた満足感に気をよくしていた私は、「ヨシ、今回も……」と、まだ見ぬ何かに期待をしていた。 まず、SASの機内で隣あわせたビジネスマンにこちらから口火をきった。さしずめ作家気取りの取材か……。 ビジネスマンは内心の不快を隠しがたい様子で、一つ二つの愛想を言い、しばらくして席を立ち、すぐに戻ってきた。とたんに彼は、「別に広い席が空いているらしいので私はそっちに行きます。では、失礼」と言い残しトランクを手に取った。 時々、海外に来てまで日本人と話などしたくない……というふうに、露骨な表情をする邦人を見かけることがあるが、きっと彼もその類いだったのだ。 旅への期待感が一瞬にしぼみ、その年の出張は見事なまでに何もない、ただの移動に終わった。 つまりは、「求めよ、されば与えられん」の逆である。 だから今回は、何らの期待も持たぬことにした。 と、いうわけなのだが、この景色だけは絶品だ。 11日早朝、北の目的地ALFTAへ向かう私の列車は、まだ薄暗い都会を抜け、いつしか森の中を走っていた。 出発から1時間ほど過ぎると、窓がほんのり茜色に染まってきた。偶然、東側の窓際席に座れた些細な事実が幸運と思えていた。 冬、北欧の旭は南々東にあり、数時間後、そのまますぐ、南々西に沈む。 白の原野は眩しく輝き、雪の重みで枝を垂れた樅の木が目の前に迫り、時おり、ファールンレッドの小さな家がポツリと姿を見せる。 いったい、この景色を目の当たりにして胸を踊らせない者がいるだろうか。 走る列車からでは写真が撮れないのが残念であるが、いつも、「カメラのことに気をとられて煩うより、瞬間の感動を心に納める方が好き……」と、旅好きの女友達が言っているのを思い出し、納得した。 「ほら、暖房のきいた暖かい列車の中から、こんなに綺麗な樹氷や霧氷が見られるんだよ……」。そんな、彼女の声が聞こえる気がする。 本を読むのも、この陽射しに微睡むことも実にもったいない。 ただ、この至福にずっと身をおいていたいと欲念した。 それにしても、冬のスウェーデンでは昼間というものがほとんどなく、朝10時ころようやく昇った陽も昼過ぎか3時くらいには真っ暗になってしまい、わずかな日中さえ薄曇りであると聞いていた。だから、冬のスウェーデン人は皆、くらく憂鬱な顔をして過ごすのだと誰かは言っていたけれど、それは全く当たっていないのではないかと思った。 それに、「こっちは零下30度くらいだよ」と聞かされ、覚悟を決めていた甲斐もなく、さほど寒くもないのには本当に驚いた。 事実、ダウンのインナーも、たんと用意していったホッカイロも、滞在中、結局一つも使わないまま邪魔な荷物になってしまったほどだ。（なのに、どうして風邪を……？） とはいえ、列車の外はマイナス15〜6度ていどの寒さであり……、しかし、それが頬にひどく心地よいく、空も快晴だ。 例により、20分ほどの遅れでアルフタの玄関口「ボルネス駅」に到着した。 工場長のヨーランと、もう一人、長身の男がホームで迎えてくれた。 男は臨時通訳のMr.ブッセ。南に200kmほど離れたヤーブレ（Gavle）という街から、私のために来てくれていた。齢は60半ばくらいであろうか……。 日本人の妻を持つブッセ氏は、英語・日本語のみならず、イタリア語・フランス語・オランダ語などを自在にこなし、それらの翻訳業を常の生業（なりわい）としている。 「実は私、大学の日本語科で講師の仕事もやっているんですが、今回はギックリ腰になったと嘘を言って休みをとったんです……」と、流暢な日本語で気さくに話だした。 これまで私が付き合ってきたスウェーデン人たちとは少し気質の違う、案外とおしゃべり好きの楽しそうな男である。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>スウェーデン報告-2（2010/02/03）</p>
<p>エッセイ「白夜の風に漂う」の基稿を書き上げた翌年、2002年7月、再びスウェーデン行きの機会を得た。間借りなりにも一巻の小册を手掛けた満足感に気をよくしていた私は、「ヨシ、今回も……」と、まだ見ぬ何かに期待をしていた。<br />
まず、SASの機内で隣あわせたビジネスマンにこちらから口火をきった。さしずめ作家気取りの取材か……。<br />
ビジネスマンは内心の不快を隠しがたい様子で、一つ二つの愛想を言い、しばらくして席を立ち、すぐに戻ってきた。とたんに彼は、「別に広い席が空いているらしいので私はそっちに行きます。では、失礼」と言い残しトランクを手に取った。<br />
時々、海外に来てまで日本人と話などしたくない……というふうに、露骨な表情をする邦人を見かけることがあるが、きっと彼もその類いだったのだ。<br />
旅への期待感が一瞬にしぼみ、その年の出張は見事なまでに何もない、ただの移動に終わった。<br />
つまりは、「求めよ、されば与えられん」の逆である。<br />
だから今回は、何らの期待も持たぬことにした。</p>
<p>と、いうわけなのだが、この景色だけは絶品だ。<br />
11日早朝、北の目的地ALFTAへ向かう私の列車は、まだ薄暗い都会を抜け、いつしか森の中を走っていた。<br />
出発から1時間ほど過ぎると、窓がほんのり茜色に染まってきた。偶然、東側の窓際席に座れた些細な事実が幸運と思えていた。<br />
冬、北欧の旭は南々東にあり、数時間後、そのまますぐ、南々西に沈む。<br />
白の原野は眩しく輝き、雪の重みで枝を垂れた樅の木が目の前に迫り、時おり、ファールンレッドの小さな家がポツリと姿を見せる。<br />
いったい、この景色を目の当たりにして胸を踊らせない者がいるだろうか。</p>
<p>走る列車からでは写真が撮れないのが残念であるが、いつも、「カメラのことに気をとられて煩うより、瞬間の感動を心に納める方が好き……」と、旅好きの女友達が言っているのを思い出し、納得した。<br />
「ほら、暖房のきいた暖かい列車の中から、こんなに綺麗な樹氷や霧氷が見られるんだよ……」。そんな、彼女の声が聞こえる気がする。<br />
本を読むのも、この陽射しに微睡むことも実にもったいない。<br />
ただ、この至福にずっと身をおいていたいと欲念した。</p>
<p>それにしても、冬のスウェーデンでは昼間というものがほとんどなく、朝10時ころようやく昇った陽も昼過ぎか3時くらいには真っ暗になってしまい、わずかな日中さえ薄曇りであると聞いていた。だから、冬のスウェーデン人は皆、くらく憂鬱な顔をして過ごすのだと誰かは言っていたけれど、それは全く当たっていないのではないかと思った。<br />
それに、「こっちは零下30度くらいだよ」と聞かされ、覚悟を決めていた甲斐もなく、さほど寒くもないのには本当に驚いた。<br />
事実、ダウンのインナーも、たんと用意していったホッカイロも、滞在中、結局一つも使わないまま邪魔な荷物になってしまったほどだ。（なのに、どうして風邪を……？）</p>
<p>とはいえ、列車の外はマイナス15〜6度ていどの寒さであり……、しかし、それが頬にひどく心地よいく、空も快晴だ。<br />
例により、20分ほどの遅れでアルフタの玄関口「ボルネス駅」に到着した。<br />
工場長のヨーランと、もう一人、長身の男がホームで迎えてくれた。<br />
男は臨時通訳のMr.ブッセ。南に200kmほど離れたヤーブレ（Gavle）という街から、私のために来てくれていた。齢は60半ばくらいであろうか……。<br />
日本人の妻を持つブッセ氏は、英語・日本語のみならず、イタリア語・フランス語・オランダ語などを自在にこなし、それらの翻訳業を常の生業（なりわい）としている。<br />
「実は私、大学の日本語科で講師の仕事もやっているんですが、今回はギックリ腰になったと嘘を言って休みをとったんです……」と、流暢な日本語で気さくに話だした。<br />
これまで私が付き合ってきたスウェーデン人たちとは少し気質の違う、案外とおしゃべり好きの楽しそうな男である。</p>
<p><a href="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010ALFTA-4.jpg" rel="lightbox"><img class="alignnone size-medium wp-image-1893" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010ALFTA-4-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></a></p>
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		<title>スウェーデン紀行 2010〈報告-1〉</title>
		<link>http://www.sweden-loghouse.com/blog/1818.html</link>
		<comments>http://www.sweden-loghouse.com/blog/1818.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 29 Jan 2010 04:46:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zanma</dc:creator>
				<category><![CDATA[安曇野の陽だまりから]]></category>

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		<description><![CDATA[私は意外と物書き好きの方であるのですが、いかんせん生来の無精者で根気が続きません。 それだから、こうしたブログなるものは全く不向きなのです。 「それじゃいかんよ！。庭の花がキレイに咲いたとか、雪が積もったとか……何でも良いから書いて、更新しておかなけりゃ顧客に飽きられちゃうよ。へたすりゃ、ユウレイ会社みたいに勘違いされかねないぞ」。と、友人たちに言われ、久かたぶりに重い筆を取ることにしました。 と、申しますより、このたび1月9日から21日の短いスケジュールではありましたが、久しぶりにスウェーデンの工場へ打合わせ出張に出かけたものですから、その時の報告を少しお知らせしたいと思う次第なのです。 スウェーデン報告-1（2010/01/27） 帰ってきましたよ…… 無事に……と言うべきところですが、実は今回、むこうで風邪をひいいてしまい大変でした。 工場のあるALFTAについたその翌晩から熱が出て病院に行ったんですが、37.2度ていどの熱では全ぜん相手にしてくれません。 どうやら、スウェーデン人は日本人よりも体温や血圧が随分と高いようなんですね。 それで、普段の平熱が35.4度くらいであることなどを訴え、ようやく4粒ていどの錠剤をくれたのですが全く効き目はありません。 翌々日、工場長のヨーランさんが薬局で Alvedon（英語ではParacetamol というヨーロッパではスタンダードな薬なんだそうです）なる解熱鎮痛剤を買ってきてくれ、これは効くよ！と言われましたが、やはり駄目でした。 それでも、思いのほか仕事のスケジュールは順調にこなせ、週末には何とか目的を達成できたもので、残りの数日は北の方でオーロラ見物でもしようかとも思案したのですが、結局、病いのため成らず、残りの4日間をストックホルムのユースホステルで、雪の濡れタオルを頭に、死んだように寝ているよりありませんでした。 ずいぶんと色んな夢を見つづけて、夢と現（うつつ）の狭間が分からぬ頭で、「オレはいったい、はるばると、夢を見るために此処へ来たのだろうか……」。と、夢の中に見た懐かしい友や亡父の印象に話かけているようなザマでした。 「旅に病み　夢は枯れ野を駆け巡る」……こんな言葉を書くか言ったかしたのは誰であったろう。 これではいけない！　と、フロントに行って病院の場所を教えてもらい、完全防備を着込み、這うような思いで、5分で行ける言われた処まで20分もかけて歩いて行ったのに……。やはり、スウェーデンのお医者様はとても不親切でした。 「普段の平熱が低く、１週間も熱が下がらないこと…」「薬を飲んでも全く改善されず、特に夜中にひどくなること…」「明後日には日本に帰国するので、どうしても完全に治したいこと…」などを、いくら訴えても「ベター、ベター」の一点張りで相手にしてくれず、「注射も点滴も打ってくれないなら、せめて抗生剤を処方してくれ」と拝み倒すも詮なきこと。 そこへ偶然、出張中だという日本人ビジネスマンが看護士に伴われて診察室に入ってきました。見るに見かねた看護士が気をきかせてくれ、廊下に立ってた利発げなイケメン・ジャパニーズをつれてきてくれたのです（彼は、怪我をした友人の付き添いだったそうです）。 語学力に貧しい私のような者にとり、異国で出会う同胞はまさに地獄に仏……。 そこで、もしや私の粗末な英語がスウェーデン人医師にうまく伝わっていないのでは……と疑心し、もう一度同じことを通訳してもらうと、不思議と一応に理解されていた。 それで医師は、「分かってる、分かってる、でもウイルス症状もないので、注射も抗生剤も必要ない、大丈夫だ。飛行機にだってちゃんと乗れるから安心しろ……」と何度も繰り返すばかりで、しまいには世間話でお茶をにごし、「Go Home!（さっさと帰れ）」とかたずけられる始末。 国柄によって、医療法の違いがあるのは仕方ないとしても、まったく、まいりました。 「苦しいのはこっちで、あんたじゃないだろぅ！」と怒鳴りたかったですよ。 まずは、難なく今こうしているも、まだ少し熱っぽさが抜けず、喉と鼻がすっきりしません。 「水があわない」とでも言うのでしょうか……。ともかくも、見知らぬ外国での病気は絶対禁物！という教訓を得たことだけが、今回の収穫だったようです。 あぁー、情けない！！ と、いうことで、視察報告の本題は、数回にわたり、後日ゆっくりと書いてまいります。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>私は意外と物書き好きの方であるのですが、いかんせん生来の無精者で根気が続きません。<br />
それだから、こうしたブログなるものは全く不向きなのです。<br />
「それじゃいかんよ！。庭の花がキレイに咲いたとか、雪が積もったとか……何でも良いから書いて、更新しておかなけりゃ顧客に飽きられちゃうよ。へたすりゃ、ユウレイ会社みたいに勘違いされかねないぞ」。と、友人たちに言われ、久かたぶりに重い筆を取ることにしました。<br />
と、申しますより、このたび1月9日から21日の短いスケジュールではありましたが、久しぶりにスウェーデンの工場へ打合わせ出張に出かけたものですから、その時の報告を少しお知らせしたいと思う次第なのです。</p>
<p>スウェーデン報告-1（2010/01/27）</p>
<p>帰ってきましたよ……<br />
無事に……と言うべきところですが、実は今回、むこうで風邪をひいいてしまい大変でした。<br />
工場のあるALFTAについたその翌晩から熱が出て病院に行ったんですが、37.2度ていどの熱では全ぜん相手にしてくれません。<br />
どうやら、スウェーデン人は日本人よりも体温や血圧が随分と高いようなんですね。<br />
それで、普段の平熱が35.4度くらいであることなどを訴え、ようやく4粒ていどの錠剤をくれたのですが全く効き目はありません。<br />
翌々日、工場長のヨーランさんが薬局で Alvedon（英語ではParacetamol というヨーロッパではスタンダードな薬なんだそうです）なる解熱鎮痛剤を買ってきてくれ、これは効くよ！と言われましたが、やはり駄目でした。</p>
<p>それでも、思いのほか仕事のスケジュールは順調にこなせ、週末には何とか目的を達成できたもので、残りの数日は北の方でオーロラ見物でもしようかとも思案したのですが、結局、病いのため成らず、残りの4日間をストックホルムのユースホステルで、雪の濡れタオルを頭に、死んだように寝ているよりありませんでした。</p>
<p>ずいぶんと色んな夢を見つづけて、夢と現（うつつ）の狭間が分からぬ頭で、「オレはいったい、はるばると、夢を見るために此処へ来たのだろうか……」。と、夢の中に見た懐かしい友や亡父の印象に話かけているようなザマでした。<br />
「旅に病み　夢は枯れ野を駆け巡る」……こんな言葉を書くか言ったかしたのは誰であったろう。</p>
<p>これではいけない！　と、フロントに行って病院の場所を教えてもらい、完全防備を着込み、這うような思いで、5分で行ける言われた処まで20分もかけて歩いて行ったのに……。やはり、スウェーデンのお医者様はとても不親切でした。<br />
「普段の平熱が低く、１週間も熱が下がらないこと…」「薬を飲んでも全く改善されず、特に夜中にひどくなること…」「明後日には日本に帰国するので、どうしても完全に治したいこと…」などを、いくら訴えても「ベター、ベター」の一点張りで相手にしてくれず、「注射も点滴も打ってくれないなら、せめて抗生剤を処方してくれ」と拝み倒すも詮なきこと。<br />
そこへ偶然、出張中だという日本人ビジネスマンが看護士に伴われて診察室に入ってきました。見るに見かねた看護士が気をきかせてくれ、廊下に立ってた利発げなイケメン・ジャパニーズをつれてきてくれたのです（彼は、怪我をした友人の付き添いだったそうです）。<br />
語学力に貧しい私のような者にとり、異国で出会う同胞はまさに地獄に仏……。<br />
そこで、もしや私の粗末な英語がスウェーデン人医師にうまく伝わっていないのでは……と疑心し、もう一度同じことを通訳してもらうと、不思議と一応に理解されていた。<br />
それで医師は、「分かってる、分かってる、でもウイルス症状もないので、注射も抗生剤も必要ない、大丈夫だ。飛行機にだってちゃんと乗れるから安心しろ……」と何度も繰り返すばかりで、しまいには世間話でお茶をにごし、「Go Home!（さっさと帰れ）」とかたずけられる始末。</p>
<p>国柄によって、医療法の違いがあるのは仕方ないとしても、まったく、まいりました。<br />
「苦しいのはこっちで、あんたじゃないだろぅ！」と怒鳴りたかったですよ。<br />
まずは、難なく今こうしているも、まだ少し熱っぽさが抜けず、喉と鼻がすっきりしません。<br />
「水があわない」とでも言うのでしょうか……。ともかくも、見知らぬ外国での病気は絶対禁物！という教訓を得たことだけが、今回の収穫だったようです。<br />
あぁー、情けない！！</p>
<p>と、いうことで、視察報告の本題は、数回にわたり、後日ゆっくりと書いてまいります。</p>
<p><img class="alignnone size-medium wp-image-1835" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/2010kusu-320x240.jpg" alt="" width="320" height="240" /></p>
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		<title>木曽路にて-４</title>
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		<pubDate>Tue, 08 Sep 2009 20:16:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>zanma</dc:creator>
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		<description><![CDATA[第４回（2009/09/09） 木曽路にて-４ こうした処でのんびりしていると、一日は早く過ぎてしまうものだ。 私は、柔らかな西陽を浴びた田園と花園の重なった風景を眺めていた。 その面白さに、何となくカメラを構えた瞬間、稲穂の波間から、農婦が立ち上がり表われた。 麦わら帽をかぶった農婦の姿は何とも絵になっており、不思議なほど美しい光景に思えた。なのに、何故だか私は、シャッターを降ろすことをためらっていた。 理由のわからぬ遠慮のような妙な気持ちを覚え、私はただ漠とその景色に見とれ、静かに心のシャッターを押した。 それが、こうした場所における正しい感動のしかた、否、礼儀であるかのように一人合点した。 奈良井宿を過ぎ塩尻あたりにさしかかると、「平出古墳遺跡」と云う標識が気にかかっり、反射的にハンドルを右へ切った。トラクターに乗ったお百姓に尋ね尋ね、目的地に到着した時、校倉（あぜくら）の高床式倉庫を落ちかけた最後の夕陽が包み込んでいた。絶好の斜陽である。感動屋の私を夢中にさせるには充分すぎるシチュエーションだ。 唐突に、私は幼い頃の一時（いっとき）、考古学者に憧れていたことがあったのを思い出し、無性に興奮した。 この校倉造りの高倉は平安期ころの復元物であるらしいのだが、それにしても不思議である。 平安期といえば、スウェーデンや欧州各地域でログハウスが造られはじめた時期とほぼ一致している。 同じ時に、全く別の国の人が、家とするための丸太材を見て同じ手法を考えついたのだ。 事実、建築が容易であり、かつ優れた調湿機能という点においてはこれに勝るものはないわけであり、何ら情報交換などなくても、必要に応じて具現されるのが発明というものなのか……。感心すること、しきりである。 陽が沈み、あたりが真っ暗になるまで、蜩の音（ね）と共に私はそれを見つめていた。 この二日間、実に良い道草をしたものだ。 思えば、あの旅の1ページが、信州移住への因縁となったような気がする。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>第４回（2009/09/09）<br />
木曽路にて-４</p>
<p><img class="alignright size-full wp-image-1728" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/1717_00.jpg" alt="1717_00" width="328" height="235" /></p>
<p>こうした処でのんびりしていると、一日は早く過ぎてしまうものだ。<br />
私は、柔らかな西陽を浴びた田園と花園の重なった風景を眺めていた。<br />
その面白さに、何となくカメラを構えた瞬間、稲穂の波間から、農婦が立ち上がり表われた。<br />
麦わら帽をかぶった農婦の姿は何とも絵になっており、不思議なほど美しい光景に思えた。なのに、何故だか私は、シャッターを降ろすことをためらっていた。<br />
理由のわからぬ遠慮のような妙な気持ちを覚え、私はただ漠とその景色に見とれ、静かに心のシャッターを押した。<br />
それが、こうした場所における正しい感動のしかた、否、礼儀であるかのように一人合点した。</p>
<p><img class="alignleft size-full wp-image-1729" src="http://www.sweden-loghouse.com/wp-content/uploads/1717_01.jpg" alt="1717_01" width="316" height="214" /></p>
<p>奈良井宿を過ぎ塩尻あたりにさしかかると、「平出古墳遺跡」と云う標識が気にかかっり、反射的にハンドルを右へ切った。トラクターに乗ったお百姓に尋ね尋ね、目的地に到着した時、校倉（あぜくら）の高床式倉庫を落ちかけた最後の夕陽が包み込んでいた。絶好の斜陽である。感動屋の私を夢中にさせるには充分すぎるシチュエーションだ。<br />
唐突に、私は幼い頃の一時（いっとき）、考古学者に憧れていたことがあったのを思い出し、無性に興奮した。</p>
<p>この校倉造りの高倉は平安期ころの復元物であるらしいのだが、それにしても不思議である。<br />
平安期といえば、スウェーデンや欧州各地域でログハウスが造られはじめた時期とほぼ一致している。<br />
同じ時に、全く別の国の人が、家とするための丸太材を見て同じ手法を考えついたのだ。<br />
事実、建築が容易であり、かつ優れた調湿機能という点においてはこれに勝るものはないわけであり、何ら情報交換などなくても、必要に応じて具現されるのが発明というものなのか……。感心すること、しきりである。<br />
陽が沈み、あたりが真っ暗になるまで、蜩の音（ね）と共に私はそれを見つめていた。</p>
<p>この二日間、実に良い道草をしたものだ。<br />
思えば、あの旅の1ページが、信州移住への因縁となったような気がする。</p>
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