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エピソードと物語り

ある年、当社のスウェーデン産ログハウスを建てたヒーちゃんとマーくんの家に燕が巣をつくりました。
これは、その時のエピソードを物語にしたものです。

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ヒーちゃんとマーくんは結婚したばかりのまだ若い夫婦です。
二人とも笑顔がきれいな素敵なカップルで、誰からも好かれる素直な人柄です。
でも、ヒーちゃんは少しだけ身体が弱く、マーくんはいつもヒーちゃんのことを心配そうに見つめています。

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結婚する前……
キラキラ光るものが好きなヒーちゃんはガラス細工を売るお店で働いていました。
ある日お店にやってきたマーくんと始めて会った時、ヒーちゃんはすぐに恋をしました。マーくんはガラス細工を作る工芸作家なので、気にいった作品ができるといつもヒーちゃんのお店に持ってくるのです。そして、ときどき得意のギターを弾いて、皆を楽しませてくれたりします。
歌が大好きなヒーちゃんはマーくんと友達になりたいと思いましたが、恥ずかしがり屋のヒーちゃんはその気持ちを口にはできず、マーくんにわざと不愛想なふりをしたりしていました。
ヒーちゃんの家とマーくんの家は離れていたので、二人はたまにしか会うことができず、じれったい恋の擦れ違いがつづきました。
ある日、久しぶりにお店におとずれたマーくんは真っ赤な顔をしてヒーちゃんの前に立ちました。そして、しばらくモジモジしていたマーくんは急に下を向いて「僕はヒーちゃんが好きです」と小さな声で言いました。
ビックリしたヒーちゃんは「ずるい……」と、自分でも思ってもいなかったようなことを口にしてしまいました。「ずるいよ。私が先に言おうと思っていたのに……」。

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その日からヒーちゃんとマーくんは一日だって離れていたくないと強く願うようになり、そのために一番良い方法を選び、結婚することにしました。そして小さな家をつくり、いつまでも一緒に居ようと約束したのです。

マーくんが子供のころから夢に見ていたのは丸太小屋の家です。いつか、山が見える草原の小さな家で暮らしてみたいとずっと思っていました。
そして、そこでマーくんは作品をつくり、ヒーちゃんはエプロンをしてお客さんの相手をする……。それが今の二人の新しい夢になりました。


今年は変な陽気で、五月だというのに冷たい風と雨の多い日がつづいています。
雪の降らない冬に蝉の鳴かない夏……「地球は病気になってしまったのかなぁ」とマーくんが空を見ながら言いました。

そんなある日、スウェーデンという遠い国でつくられた丸太小屋が、大きなコンテナに積まれてやってきました。
マーくんの友達や友達の友達なんかが大勢きてくれて、小雨の中をえっちらおっちらと荷物をおろしました。
おろした沢山の材木をビニールシートで丁寧に包んで、あとは雨が上がるのを待って組み立てることにしました。
翌日はカラリと晴れ、絶好の仕事日和(びより)です。
大きな丸太を職人が二人がかりで持ち上げ、それを別の二人が受け取り積み木のように重ねて積み上げていきます。
マーくんとヒーちゃんもちょっとだけお手伝いをしました。
二人はどうしても自分で丸太を積んでみたいと思っていたのです。

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それは、近所に住むアキラの話を聴いたから……。
アキラはスウェーデンの丸太小屋のことを二人に教えてくれた人で、太鼓腹をかかえたオジサンだけど、とても気のいい仲間です。
ある夜、アキラの家の庭でたき火をしながら話をしていました。
「マーくんね、始めてつくる二人の家なんだから、少しでも自分たちの手で丸太を積んでみるといいよ。僕もね、いま住んでいる自分の丸太小屋を建てた時にそう思ったんだ。
僕はものすごく不器用で自信がなかったんだけど、やっぱり自分の夢の実現は自分の手でやらなくちゃって思ってね。そして木槌(きづち)をふるって丸太を叩いた時、〝カァーン〟っていう音が向こうの山に響いて、それがコダマして聞こえたんだ。僕はその時、胸がゾクゾクするくらい感動したよ。今もあの時のことは忘れない……」。

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アキラの言ったとおりでした。
マーくんとヒーちゃんは「よいっしょ!」と掛け声を合わせてあまり長くない丸太を選んで積んでみました。そして職人に教わったとおりに、木槌を大きく振り上げて思いっきり丸太の頭へ叩きおろしました。あたりまえのように、丸太は〝カァーン〟と小気味いい音をたてて遠くの山にコダマを響かせました。マーくんが小さいころからずっと見つづけてきた故郷の山が、二人の新しい門出(かどで)に声援をくれているようです。
マーくんもヒーちゃんも嬉しくなって、なんだかお腹がくすぐったいみたいな気持ちになり笑いがとまりません。

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マーくんとヒーちゃんの丸太小屋は、たった一週間で早くも上棟(じょうとう)しました。
屋根のてっぺんの大きな梁(はり)がかかり、三角屋根の骨組みができることを上棟とか棟上(むねあげ)と言って、昔はお餅などを屋根の上からまいてお祝いしたそうです。でも、最近はそんな風習もなくなり、マーくんのお父さんやお母さんたちはちょっと寂しそうです。

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ツバメが地面すれすれまで急降下してビュンビュンと飛んでいます。
「ツバメが低く飛ぶと雨が降る」と言われるのはただの言い伝えではありません。
雨が近づくと空気が湿気る。すると空中を飛ぶ虫は羽が湿ってうまく飛べなくなります。それで虫はみんな下のほうばかりを飛ぶようになり、その虫を餌とするツバメも下におりて虫を追っかけるという具合なのです。
そのツバメはなぜか人の家の軒(のき)先に巣をかける習性をもっています。しかも、人の住まない廃屋(はいおく)には決して巣をつくらないというから一層に不思議です。
そのワケは、人の居るところにはツバメの天敵であるヘビやタカなどの肉食鳥獣があまり寄りつかないからだといいます。
人はツバメに生活の安心を与え、そのお礼にツバメは稲を荒す害虫を食べる……。たぶん、何千年も昔からつづく、生き物どうしの約束ごとなのでしょう。

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とにかくも、屋根ができたばかりのマーくんとヒーちゃんの家に早速ツバメが巣をつくりだしました。まだ二人の引越しも済んでいないというのに、いったい、ツバメの夫婦は先住権でも主張しようというのでしょうか(?)。
ひとつがいのツバメは、近くの田んぼからわずかな泥をくわえてきては玄関上の軒裏にペタリペタリと根気よくくっつけていきます。そうして、ひとしきり左官工事が終わると次はワラをくわえてきて大工工事を始めました。
その様子を見ていると感心と興味がつきず、ヒーちゃんは毎日それを眺めるのが楽しみになったのです。
職人の一人が言いました。「新築の家にツバメが巣をかけるのは縁起がいいんだ。ツバメは春の暖かさと一緒に福を運んでくるって昔から言われているからね」。
ヒーちゃんは一層に嬉しくなり、ツバメの夫婦に自分たちを重ねるような想いで見守るようになりました。いずれ卵を産んで子育てを始めるに違いありません。

ところが、それには大きな問題がありました。
ツバメの巣があると軒の天井が貼れないのです。
軒下に天井板を貼ることを知らなかったヒーちゃんとマーくんは慌てました。
マーくんは職人に頼んで巣を取ってもらおうと言ったのですが、ヒーちゃんはガンとして承知しようとしません。「そんなの可哀想だよ……」、「でも仕方ないじゃないか……」と小さな言い争いが数日つづくうちに、とうとうツバメの巣は二人の新居よりも早く完成してしまいました。

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「これじゃぁ『軒先かして母家(おもや)をとられる』だね。卵を産まないうちに壊したほうがいいかもしれないぞ」。大工の棟梁(とうりょう)が言いました。
「あんなに何日もかけて一生懸命つくったのに……、壊すなんてできないよ」。ヒーちゃんはツバメの保護者にでもなったように言います。
でも最後にはツバメに引っ越してもらわなければなりません。それならヒナがかえる前に「ここはお前たちが棲むところじゃないんだよ」と教えてあげた方がいいに決まっています。
ヒナが産まれた後に巣を移動したのでは、親鳥は子育てを放棄してしまうからです。
それでヒーちゃんは仕方なく棟梁に巣の処分を頼むことにしたのですが、頼まれた棟梁本人も健気(けなげ)なツバメの顔を見ては情にほだされてしまい、なかなか巣を壊すことができません。他の職人たちも、みな気の優しい人ばかりで、いつしか建設現場のマスコット的存在になってしまったツバメの巣に手をかけようとはしません。
「さぁ、最後に悪魔の役を演じて巣を取るのは誰だろうか……」、とアキラは人事のようにニヤニヤしているばかりです。

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さて、ついにその時がやってきました。
ヒーちゃんとマーくんの引越しの日が決まり、そろそろ軒天井を貼らなければいけない日になったのです。
このところ親ツバメは巣の中でじっとしている時間が多くなったようなので、たぶん卵を温めているのだろうと想像されす。

若い職人がヒーちゃんに手鏡を貸してくれと言いました。鏡を使って巣の中をのぞくためです。
親ツバメが巣を離れたすきをねらって、若い職人が梯子(はしご)に登り手を延ばしました。そして「あった あった四つもあるよ」と、心配そうに下から見上げているヒーちゃんに言いました。
ヒーちゃんは青ざめた様子で「どうしよう、どうしよう……」とアキラに泣きつきました。アキラも困ってしまい、どうしようもありません。
「ごめんねヒーちゃん。僕がもっと早く巣を取ってれば良かったね。かえって可哀想なことしちゃったね」。

若い職人は「それじゃ取るよ……いいね」と半ベソをかいているヒーちゃんに言いました。〝うん〟と小さくうなづいたヒーちゃんをもう一度見てから彼は梯子の上で背伸びをしました。
〝サク〟とかすかな音が聞こえたような気がしました。案外と簡単に外れてしまった土とワラの固まりを小脇にかかえて若い職人は降りてきました。
そして、それを手渡され一瞬呆然として見つめていたアキラにヒーちゃんは言いました。「お墓つくろう……」。まるで幼子のように純真な娘(こ)だ……とアキラはヒーちゃんの言葉におどろき、「そうだね……」とうなづきました。

巣の中の小さな卵はまだ生きているのに……。アキラは柄にもなくセンチメンタルな気分になっています。
まだ半分透き通るように薄い膜をはった卵に「ごめんね」とヒーちゃんは言い、「ここがいい」と卵を埋める場所を指さしました。家の東側の、朝陽があたる暖かい場所です。
アキラがスコップで穴を掘り、お棺がわりの巣と一緒に卵をそこへ置きました。

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ヒーちゃんはもう何も言いません。アキラもそんなヒーちゃんに かける言葉を持たず、黙ったまま土をかぶせました。
しばらく土の膨らみをしゃがんで見ていたヒーちゃんは、ふと立ち上がり傍らの紫色の花を摘んでお墓の上に置きました。
それを携帯電話の〝写メール〟に撮ってガラス工房にいるマーくんに送り……、今度は自分の方へレンズを向けなおし、フジヤのペコちゃんのように舌をちょっと出してニコリとシャッターを押しました。悲しいけど、もう大丈夫だよ……、とマーくんに知らせるためです。


メール送信を終えて歩きだしたヒーちゃんにアキラは言いました。「僕らは鶏の卵だって食べるじゃないか……。だから仕方ないよ。可哀想だけどさ」。「そうだね……」と言ったヒーちゃんの小さな声を背中に聞きながら、アキラは自分の言った言葉が慰めに相応しくないことを悟り、また別の言葉を探してヒーちゃんに声をかけました。
「子供のころね、縁日の露店で買ったヒヨコをすぐ死なしてしまってさ。それで、泣きながらお墓をつくったことがあるよ」。
ヒーちゃんは少しだけ笑顔になり 、「私は金魚のお墓をつくった……」と言いました。
「そう、やっぱりね。ヒーちゃんも優しい子だったんだね……。
僕の家の小さな庭は、いつのまにかヒヨコやトンボやカブト虫なんかのお墓でいっぱいになったものだったけど、ヒーちゃんもそうだったんじゃない?」。顔に似合わない話をするアキラに少しキョトンとしながらヒーちゃんは聞いています。
「でもね、今こうして子供のころのことを思い出してみると、本当は優しい子供だったのか残酷な子供だったのか分からなくなるよ。だってさ、人間の身勝手でペットを可愛がって、死んで悲しむのは一時(いっとき)だけで、また別 のペットを飼ってはまた死なせてしまう……。動物だって虫だって、小さな箱や篭の中で生きることが幸せじゃないってことを知ろうともしていなかったんだもの」。

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ふと空を見上げると、大切な巣と卵をうばわれた二羽の親ツバメが狂ったように飛び回っています。巣があったはずの場所と他の所を忙せわしく行ったり来たりして、まるで方向感覚を失ったコウモリみたいに慌てています。ヒーちゃんもアキラも職人たちも声が出せないほどに胸を痛めてしまいました。
しかも、おそらくはその残酷な仕業は人間の手によるものであることをツバメたちは知っているに違いないと思われるのに、ツバメの夫婦はハチやカラスのように人間へ報復しようともしません。ただ何度も何度も繰り返し玄関上の軒裏にやってきては、巣と卵を探そうと必死になっているのです。
それを見るのはとても辛いはずなのに、ヒーちゃんはすぐそばのベランダの手摺りに座り、絵本を広げてじっと動こうとしません。


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アキラが別の仕事を済ませて夕方そこへ戻った時、ヒーちゃんはもう居ませんでした。でも、ツバメの夫婦は相変わらず巣と卵を探して同じ所を飛んでいました。

翌朝、無事に軒天井を貼り終えたばかりの玄関の前に立ったヒーちゃんは、目を丸くして驚きました。「ぅわぁー、また巣をつくってるぅー」。
その大きな声にマーくんが振り向きました。「えー、うそぉ」。
本当でした。たぶんあのツバメが……、いえ、きっとあのツバメの夫婦に違いないでしょう。こりもせず、またセッセと泥とワラをくわえて田んぼと玄関の軒下を行き来しています。
ヒーちゃんは満面の笑顔で屋根を見上げ、腕をいっぱいに延ばして「見て 見て」と指をさしています。
そしてヒーちゃんは子供が小躍りするような仕草で言いました。
「もう壊さないで良いよね。だって、こんなに私たちの家を気に入ってくれてるんだもの。このツバメはきっとヒーちゃんとマーくんの家の守り神になるんだわ……」。


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あとがき……

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ある年の春、本当にあった出来事を童話風にしてみました。
エッセイしか書いたことない私にとっては初めての挑戦であり、絵も不得手なので仕方なく写 真とイラストを貼り付けました。
もちろん、少しは脚色(フィクション)やデフォルメもはあるのだけれど、作り話なんかじゃありません。つまりは、子供みたいに無垢で無邪気なヒーちゃんも、本当に物語のままのキャラクターでちゃんと主婦をしているというわけです。
ヒーちゃんがツバメのお墓をつくった晩……、私は椅子にもたれてうたた寝をしていました。その夢うつつの時、とつぜん頭に浮かんだ言葉の欠片がこんな形になりました。
だから、最後のページは始めはなかったんです。
ツバメの夫婦が狂気して乱れ飛んでいるなんて場面で終わるものだから、あまりに可哀想すぎるよ……と、夜中に一人で〝グスン〟としていたんですが、嘘の話で締めくくるわけにもいかず困っていました。
そしたら翌朝……、本当ですよ……、本当に新しいツバメの巣をヒーちゃんが見つけて私たちに教えてくれたんです。
あの時は私までもが飛び上がりたいほど嬉しかったんですが、いい大人が……、と分別 がましい考えに抑制されて気のきいた言葉も言えませんでした。
大人になるって煩わしいことなんですよね……。
だから、いつまでも純真な気持ちをなくさないように、この物語は親子で一緒に読んでもらえたら良いなと思います。
そして皆がヒーちゃんみたいに素直で優しい心を思い起こし、ツバメのように報復や闘争なんて言葉の認識を持たなくなれば素晴らしいと願っています。
「この本が、動物愛護や環境保護、それに平和のことなどを考える切っ掛けになれますように……。
そして、この春、めでたくパパとママになったマーくんとヒーちゃんに、これを贈ります」。

残間昭彦

(※ この物語の登場人物の愛称名は仮名です)


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