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雨ニモマケズ

2013年5月26日(日)12:27
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2013/05/26
美しい心を持った子供は、みな、美しい顔をしている。(心美人!)
大きな口をあけ、一所懸命に歌を唄うこの子らには、非行や暴力・戦争などという言葉はきっと無縁なのだろう。

私の暮らす安曇野には多くの自慢がある。その一つが「早春賦」という唱歌だ。 その歌が、この安曇野の地で産まれてより、今年で100年の節目を迎えるのだという。 私は、その記念するべき祭典にやってきた……第28回 安曇野早春賦音楽祭。

▲ピアノを弾いているのが主催者の西山紀子さん


▲安曇野 早春賦記念碑

毎年催されるこの会に、何年かぶりで足を運んだのには、もう一つ理由がある。
皆の知る、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩に自作の曲をつけ、世に感動の涙をもたした宇佐元恭一氏がゲストシンガーとして招かれていたから。

子供たちの歌声が盛り上がりに達した時……唐突に、真っ赤なシャツを着た男が舞台に駆け上がり指揮棒をふりはじめた。だれ、だれ……?と驚いたのは一瞬で、すぐに、それが彼であることに気づいた。


はじめ、少しテンポの良い曲で聴衆の心をつかみ、さらに、軽快なトークで会場を盛り上げた。
宇佐元氏がこれほど愉快な人であることを知らなかったのは、おそらく、私だけではないだろう。
そうして、やはり、最後に歌うべき歌は……これであった。

原文を読んでみてください。※すべての写真はクリックで拡大します。

宇佐元氏は「この曲は自分がつくったものではなく、誰かから受け取ったメロディー……」だと話す。
よく、音楽……あるいは芸術の神様が降りてきた(降臨した)……などと言うアーティストが居られるけど、才能とか天分、あるいは感性というものは、きっと、そうしたものなのだろう。
天か何処かに棲む誰かが、必要な時に必要な物を私たちの手に与える……、それを「天の配剤(はいざい)」と、言う。
だから、それを受け取った人は、その恩に報いるべく生き方をし、眷族や縁する者たちに、天の誰かの意を伝えていく使命のようなものを得るのではないかと思う。

少々大袈裟な言い方をしてしまったが、その意味では、宮沢賢治が受け取った宝物を、80年後の宇佐元氏が受け継ぎ、具現させたのだという納得のしかたしか、私には出来ない。

つくづく想うは、豊かな言葉を発せるということは、豊かな人生を歩めるという事にほかならない。


▲宇佐元さんに、一緒に写真撮って♡と、せがんだ我が老母

▲宇佐元恭一「雨ニモマケズ」のCDジャケット

付記……(蛇足)

5〜6年ほど前、秋田生まれの母方祖母のルーツ(赤沼家)をたずね、東北を旅したことがある。
途中、念願であった、賢治の故郷…花巻をおとずれた。
期せず、ちょうど、その日は賢治の命日(9月21日)であり、夜には恒例の「賢治祭」に参加することも出来た。賢治を偲び、歌い踊り語るのだ。
その折、ふらりと入った土産物屋で見つけたのが、宇佐元恭一氏の「雨ニモマケズ」のCDであった。

翌夕刻、ガード下の夜光絵(銀河鉄道)を感動的に眺めていると、私の目の前を女子高生が二人、賢治の「星めぐりのうた」を大きな声で歌いながら過ぎていった。
出来すぎた光景だ……。♪ アンドロおメダの雲は〜魚のお口の形〜


▲ガード下のコンクリ壁に夜光塗料で描かれた巨大壁画
街は、夜限定の美術館になる。




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