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虫の心

2012年8月6日(月)21:51
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2012/08/06

虫に心はない……と言われる。今まで考えてもみなかったけれど、考えてみれば、やっぱりそうなんだろうか。
このあいだ、安曇野の森で知り合った、陽焼けのよく似合う女の子がくれたカードがふと目につき、そこにあるブログのアドレスを開いてみた。
彼女がまだ少女だったころ、裏庭に置いたプランターの中に不思議なものを見たのだという。
カマキリに捕まった蝶である。
それは、あたりまえに見かける自然淘汰の光景であり、食物連鎖の一環だ。

抜粋……「つかまっている蝶は、じっとしていました。
もう一羽の蝶が来て、捕まっている蝶に、飛んではぶつかり、飛んではぶつかりしています。まるで、『何をしているの、早く逃げて』とでも、言っているかのようです。
捕まっている蝶も、 時々、 ばたばたと羽を動かします。でも、カマキリは身じろぎもせず、首をくわえたまま、蝶の息が切れるのを待っています。
飛んでいる蝶は、仲間か家族なのでしょうか。恋人かもしれません。
ともかく、捕まっている蝶に逃げてほしい一心で、何度も何度もアタックをつづけます。
そして、捕まっている蝶がまったく反応しなくなると、名残惜しそうに飛び去っていきました。」
こんな切ない光景を見てしまえば、誰だって、虫にも心があるのではと思うはず……。と、文を結んでいた。

実に、同感する……。

ところで、今日で私は満五十才になる。
私もついに半世紀を生きてしまったというわけだが、人生はまだ半分残っている。
スウェーデンでは、五十才というと日本の還暦のような意味を持つ重要な年齢であるらしいが、私はというと、相も変わらず特別なことも何もない今日であり、このごろだ。
やはり今年の今日も、おめでとうの一言も小さな包み(プレゼント)一つさえもらえず日は過ぎた。
けれど、良い文章や言葉に出会えたというだけで、ささやかな花束でももらえたような気持ちになれるものだ……。

ともあれ、五十年前の今日、命がけで私を産んでくれた母に感謝をし、これまで生かしてくれた人々と森羅万象に深謝。
そして、六十七年前の今日に合掌  〈広島原爆忌日〉 。

 

 




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