泣けることの幸せ


誰かが叫ぶ……「あの忌いまわしき過去の戦争を決して忘れてはいけない。そして次代に語り継ぐべき責務が我々にはある!」。 まさにその通りだ。力ある者は積極行動の意気を持ち、高く声を発することに呼応もしよう。しかし、本当の目的は戦争の傷痕を悲しみ、過ちを犯した者たちを憎み続けることではない。世界のどこからも争いや差別 や貧困という不幸がなくなり、誰もが平和を等しく手にすることである。それが現実のものとなるならば、これまでの過ちは全て不問とされても良い。
大切なのは拳を振り上げシュプレヒコールすることではなく、一人一人が真の平和を心から希求し、自我(エゴ)と偏執(へんしゅう)を捨て協調しあうことなのだ。

(前半省略)
「自分は勝てる!絶対に負けない!」。仕事でもスポーツでも恋愛でも、常に満々の自信とプライドを誇示させた奴なんて鼻持ちならい……。私は好きになれない。
今ここに話すのは、そんな鼻持ちならない奴になろうとした男の話だ。
そいつは、子供の頃からずっと自分の容姿が大嫌いだった。チビでアゴが出っ張っていて、目も鼻も気に入らない。女の子にもてないのも、皆がバカにするのも、実の兄にさえ辛くされるのも、みんな醜く格好悪い自分のせいだと卑屈になっていた。それで、そいつは考えた……。「カカトの高いクツをはいて、髪の毛をライオンのタテガミのように逆立てて背を大きく見せよう。不細工な顔は歌舞伎役者のように化粧すれば良い……」と。その思惑はまんまと成功し、そいつは念願のロックスターになった。歌手として人気が出て認められれば、全ては思い通 りになる。それで夢が叶うのだと信じて疑わなかった。
ところが、そうでなはかった。確かに、若者たちに騒がれ、金も名誉も手に入れた。でも、表面 上の成功をすればするほどに、心はどんどん荒み苦しくなった。その矛盾という現実に立たされ時、彼は愕然(がくぜん)として膝を折り、総てが解らなくなった。
ついに、自らステージを降りファンに背を向けた彼は、顔のメイクを落とし、カカトの高いブーツも派手な衣装も全部脱ぎ捨て、「これが本当の俺だ。俺は二度と自分を飾らない。格好悪い自分を許し認めたんだ!」と宣言した。それで、そいつはやっと楽になれ、本当の幸せをつかんだ。
私が彼に初めて会った時、「自分も同じだ……」と内心に思った。
「本当の自分を誰も見てくれない、他人も世間も、本来あるべき正当な評価を自分に与えてくれない」、とヤケになって自分の心を痛めつけていた。
でも、それを認め、人に悟られることが恐くて、一生懸命に平気なふりを装っていたのだ。そうやって頑張れば頑張るほどに、本当の夢から遠ざかっていった。
誰にもそんな部分はないだろうか……。
コンプレックスやエゴを隠そうとして、プライドというバリアを張ってはいないか。
人に負けるのが嫌だから、必死で誰かを牽制(けんせい)してはいないか。
駄目な奴、ネガティブな奴と人に言われたくなくて、無理に虚勢を張ってはいないか。
誰からも良い人だと思われようとして、心を偽ってはいないか。
成功者になるための手段と嘯(うそぶ)き、知らず知らずに人を傷つけてはいないか。
世の中は全て不公平だとひがんでいるくせに、何かに期待したり依存してはいないか。
レッテルを張るなと口では言いながら、人には平気で偏見の目を向けてはいないか。
理想とエゴの境目が分からず、つい「こうあるべき」などと人に強要してはいないか。
そんな自分に気づき、そんな世間を全部許した時、全ては消えてなくなっている……。
つまりは、頑張り過ぎず、へたな向上心(野心)など持たぬこと……。そんなことより「ギブアップ!」を叫んで泣いてしまう方がいい。
言葉にならない感情を涙に表すのは、きっと心の浄化に通じるものだから。
それが、あらゆる苦悩と葛藤を終わらせ幸せになる秘訣であることを、私は幾人の友により教えられた。
プライドも強さも正しさも誇示せず、自らの弱さを認め本当の自分に気づいた時、人は真に癒され、美しくなる。

目次Contents
プロローグPrologue
第一章「戦争を見つめる」
- 原爆の爪痕 長崎原爆資料館にて
- 広島の黒い空
- 赤と黒だけの世界
- 悲惨な戦争
- 扉は必ず開かれる
- ケネディの遺言
- 共感共苦
- ソクラテスの憂鬱
- 一番になりたい症候群
- 天下の御意見番
- 大地の子
- 何ゆえの犠牲
- 鍬と胸飾と笛
第二章「平和を考える」
第三章「未来(あす)を望む」
- 平和への入口
- 音楽が伝えるもの
- 心のとまりぎ 安曇野平和芸術館の構想
- 泣けることの幸せ
- 無量の感謝
- 心の蘇生
- フラワーチルドレン
- あなたへ花を捧げたい
- 命こそ宝(ヌチドゥタカラ)
- 打ちそこねた終止符
- 炭坑のカナリア
- すれちがう言葉
- 確かな言葉
- 歓喜(よろこび)の歌
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