
2010年8月6日
こんにちは……あずべぇー です。
今年もまた、広島の原爆忌日がやってまいりました。
そんな今日このごろ、近頃とんと、お便りをいただけなくなってしまい、少し寂しく思っています。
設立準備委員会発足当初や、著書発刊のころから久しく時が流れ、目新しい活動や具体的形もないものだから仕方ないのでしょうか。
仲間と共に活動をはじめてより数年、成果を見ることの困難を実感するこのごろです。
そして、計画の甘さを反省し、今後の展望を思慮する一方、時はかけても、ご支援くださった多くの方々の期待を裏切らないことこそ肝要であると、自覚を新たにする次第です。
ところで、今日は、当サイトが開設される以前に頂いたお便りを紹介したいと思います。
当時の私が返信したコメントの紹介は割愛させていただきますが、無関心世代と呼ばれる者たちが、無関心ではいられないと思った心の叫びを聞いてください。
これからも、少し長い目で見守ってくだされますよう、宜しくお願い致します。
「私は自ら平和を叫ぶタイプではないし、友人と平和や戦争について話す事もありません。何か気恥ずかしいというか、そういう土壌が出来ていないのでしょう。でも、皆が平和で穏やかに暮らせますように……そう願う気持ちはとても共感させられました。そして、これまで 〝無関心の一人〟 であった私が、空き地のような小さな庭に花を植えてみようと思ったこと、叫ぶことは出来なくても祈る事は出来るということを教えてもらえたこと……どうもありがとうございました」。(長野県・女性)
「あなたの言うように、拳を振るうのではなく花を捧げる、といった反戦行動に私も大賛成です。その思いは充分に皆に伝わるはずだと思います……」。(東京都・男性)
「地球は色んな憂いに満ちている。武器で更にそれを増やしてどうなるでしょうか。世界中の軍事費を費やせば少しはその憂いが減らせるかもしれない……」。(岡山県・男性)
「私は長崎出身の被爆者二世です。これまで私は、平和への考察は戦争が生み出す惨劇と向き合うところから始まるものと考えていましたが、本当はそればかりではないのだという事を知りました……」。(長崎県・男性)
「増えすぎた人類は戦争という形で淘汰されなければいけないのでしょうか……。そんな事はないですよね。多くの人が集まれば集まっただけ、多くの英知が産まれるのだから、きっと平和な世の中ができるはずだと信じたいです」。(長野県・女性)
「私は今、長野市に住んでいる小学六年生の女子です。そして、私も八月六日生まれです。私が生まれた時から四十六年と二分前、広島に原爆が落ちました。その事もあって、私は平和について深く感心を持っています。それで、今年の夏休みに広島へ行って原爆ドームを見てきました。心が痛んで言葉では表せないくらい悲しくて、とても辛かったです」。(長野県・女性)
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