2. 森の木に抱かれて
スウェーデンの冬はとても寒く長い。そのため森の木は非常にゆっくり成長し、おのずから繊維の目(年輪)が詰んだ、堅く丈夫な原木に育つ。
この国は、国土総面積のおよそ8割を雄大な森林と山河・湖が占めており、ヨーロッパで最も人口密度が低い国と言われている。それ故ここに棲む人たちは、人間は自然界における客にすぎないのだという謙虚さを常に忘れない。
しかし、そのスウェーデンの森林資源といえども決して無尽蔵ではない。だから彼らは、森の木と自然の生態系を守るために“木を育てながら伐きる”といった植林計画をずっと昔から続けてきた。
それで、林産業に高い誇りを持つスウェーデンでは、樹齢70年以下の木は伐採してはいけない(許可を得て行う間伐は例外)という法律が設けられており、また、製材して製品化するに際しては、水分含有量 を最低18%以下に下げることが同様に法律で義務付けられている。そうしたことが建築資材としての木材強度を高める重要な要因となり、高品質への無条件の信頼につながっているのだ。
つまり、スウェーデンの森で100年かけて育った木は、それが家という形に姿を変えた後もさらに100年もつと言われる由縁がここにあるわけであり、木は伐られた後もずっと生き続け、住む人の暮らしを守り息づいていくのだ。(※ 実際に私たちのログハウスは、樹齢百年、含水率15%以下の厳選された北欧パイン材から造られている。故に、亀裂・歪曲・セトリングなどの劣化が極小におさえられる)
工場到着の二日目、日本に提供されるログハウスの故郷ともいえる森を見てみたいと、担当者のヨーランに頼んだ。すると彼はパイン木(松種とモミ種の合の子)の伐採現場へ案内してくれた。
樹木には陽の光がなければ生きられない陽樹(ようじゅ)と、陽がささない日陰でも成長できる陰樹(いんじゅ)とがある。樅や松などの木は典型的な陽樹になる。だから、定期的に間伐をして森の奥へと日光を入れるのだ(間伐された木は床や天井などの板材になる)。
森の木の伐採風景は存外ものすごいものであった。これほどの機械を、半世紀も前にラッセの父である先代社長が開発したと聞いたけれど、これは実に世界的な大発明と言える。操縦席の後ろに乗せられた私は、まるで少年のように興奮していた。“ゴォー”という重機の振動音は、子供のころ初めて親父のバイクの後ろに乗った時の胸をくすぐるような感じを思い出させた。
直径30センチもある立木を一瞬で薙ぎ倒し、さらに横にスライドさせながら無数の枝をやはり一瞬に切り払ってしまう。その見事さに驚いた私は、「こんな勢いで木を伐採したら、3日もあれば山は丸坊主になってしまうだろう」と冗談を言った。するとヨーランは、「それも簡単なことだ。しかし、私たちはわざと少しの木を残す。その理由は、残した木をさらに大きく成長させて土に種を蒔かせるためと、もう一つは鳥たちの住処を守るためなんだ。“環境保護”という言葉は人間のためにではなく、本当は森や動物たちのためにあるのだから」と教えてくれた。私はその言葉に感動した。
そして、以前、ある友が私に伝えた言葉を思い出し、それと重ねて咀嚼(そしゃく)した。「例えば君が扱うこのハウスも、スウェーデンの木が人間のための家としてその身を提供してくれているのだと考えるべきだ。だから、木や森の厚意に報いるような仕事をしなければいけない。身を呈した木々に喜ばれ自然と大地に貢献する、地球と人の役に立つような仕事でなければ甲斐がない。言うまでもなく、事業成果と貯金の額でその人の成功が決まるわけではなく、地球にとってメリットを生じさせてこそ意味があるんだ。決して、人間が偉いから森の木を伐ってもよいのではないということ。人間が強いから森の動物を追いやってもよいのではないということ。そうしたことを常に考え、間違った奢りを戒めながら生きていけ。最後には自分たちの肉体さえ土に還り自然に戻っていくのだから、全ての命は自然界から借りているものであるという謙虚さを忘れてはいけない」。
それにしても、何とも贅沢な森林浴気分だ。私は、たっぷりのフィットンチッドを全身に浴び、何度も何度も深呼吸をした。(※ フィットンチッドとは、樹木の新陳代謝により分泌される精油のことをいい、その香りは人の精神を安定させる癒し効果 をもたらす。特に北欧のパイン林(樅種・松種)にはそれが多い)
「我れ おごるなかれ。森の木々に抱かれよ。いずれ此の土ちに還る身なれば」
目次
(※青色のページが開けます。)
プロローグ
第一章 旅立ちの時
- ストックホルムの光と影
- この国との出会い
- 晴天の雲の下
- バックパッカー デビューの日
- 袖すれあう旅の縁
- 百年前の花屋は今も花屋
- 郷愁のガムラスタン散歩
- バルト海の夕暮れ
- 船室での一夜
- これぞ究極のアンティーク
- 古(いにしえ)の里スカンセン
- 過信は禁物-1[ストックホルム発・ボルネス行 列車での失敗]
- そして タクシー事件
第二章 解放の時
- 森と湖の都ヘルシングランド
- 森の木に抱かれて
- 静かなる自然の抱擁
- 小さな拷問
- 私は珍獣パンダ
- ダーラナへの道-左ハンドルのスリル-
- Kiren
- 故郷の色"ファールン"
- ダーラナの赤い道
- ダーラナホースに会いにきた
- ムース注意!
- 白夜の太陽
- 過信は禁物-2[ボルネス発・ルレオ行 またも列車での失敗]
第三章 静寂の時
- 北の国 ルレオでの再会
- 雪と氷のサマーハウス
- 白夜の国のサマーライフ
- 焚き火の日
- ガラクタ屋とスティーグ
- ミスター・ヤンネ と ミセス・イボンヌ
- 田んぼん中の"ラーダ"
- 中世の都 ガンメルスタード
- 余情つくせぬ古都への想い
- 流氷のささやきに心奪われ
- 最後の晩餐-ウルルン風-
- 白夜の車窓にて
- ストックホルムのスシバー
- 旅のおまけ["モスクワ"フシギ録]
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