6. ダーラナへの道-左ハンドルのスリル-
5日間のアルフタでの仕事を終え、私はレンタカーを借りてダーラナ地方へ向かった。今回の旅行に予定している半分以上の日程を遊ぶために組んでいた。自分に褒美を取らすほど私は日頃から頑張って働いているわけではないけれど、こうした機会でしかこんな贅沢な旅はできやしない。贅沢といっても決して大名旅行などではなく、単に時間が豊富にあるというだけのことであるが・・・。
レンタカー屋では、車種を何も要望しなかったので、小さくて赤い車が出てきた。これでも一応はベンツであるらしい。ベンツのボンネットにあるべき、あのエンブレムがこれにも付いているのでそうなのだろうが、日本では馴染みのない不格好な車だ。
ヨーランの手助けで書類手続きを済ませ、まずは意気揚々と滑走するべくエンジンをかけた。スウェーデンの車はエンジンを始動するとすぐにヘッドライトが自動で点灯する。昼夜問わず夏でも冬でも、安全のため年中常にライトをつけて運転するのが法律義務となっているからだ。
左ハンドルにはしばらく運転すればすぐに慣れる。しかし、右側走行というものが、これほどに難しく恐ろしいものだとは思ってもみなかった。
私の場合、普段からひどくリラックスして運転する癖がついているので、うっかりして景色などに気を取られていたりするとすぐに左に寄ってしまう。特に道を曲がった直後が危ない。レンタカー屋で車を借りる時、ヨーランが心配して赤い矢印の書いた紙片をハンドルの右に貼ってくれたのだが、全然効き目はなく“お守り”にもなりやしない。ウィンカーやギヤチェンジに気を取られているうちに、つい安全確認がおろそかになってしまうという、まるで若葉マークに戻ったような心もとなさなのである。
スウェーデンのドライバーは交通マナーが実に良く、まったく感心させられるのだけれど、しかし、それゆえに私のような不良ドライバーは非常に目立つらしく、レンタカー屋に、苦情の電話が何本も入ったということを後日聞かされた。
(中略)
ところで、スウェーデンには、けっこう“世界最古”というのが多い。前述のヴァーサ号やスカンセンもそうであったように、この街には世界最古の会社というのがあった。3世紀頃から、なんと1992年まで続いたという、ファールン鉱山の発掘会社「ストラー社」がそれである。バイキング隆盛の中世期ころには、世界の銅の3分の2を産出していたというから、かなりすごい。そのおかげでここは、スウェーデンの一大経済都市になったらしい。
私はかねてより、このファールン鉱山へ行ってみたいと思っており、この旅ではそのことこそが一大目的でもあった。この鉱山から産出されるファールンペイントという天然顔料にずっと以前から興味を持っていたからである。
しかも今回は、この地に会いに行く人がいた。ストックホルム中央駅で知り合った彼女である。前々日に、リングレン氏に頼んでEメールを送っておいたのだ。全く偶然にして、私が行きたいと考えていた場所に彼女は今いるのだ。「えー、うそー、ほんとー。本当に来るのー」といった感じのノリの英文で、とりあえず歓迎する旨の返事が届いていたのだけれど、肝心な待ち合わせ場所と時間を決めていなかった。諦めて出発しようとホテルのドアを出た途端、オーナー婦人が慌てて私を呼び止め、私あてに日本人から電話だと言う。幸い(ラッキー)、無事にコンタクトが叶った。
目次
(※青色のページが開けます。)
プロローグ
第一章 旅立ちの時
- ストックホルムの光と影
- この国との出会い
- 晴天の雲の下
- バックパッカー デビューの日
- 袖すれあう旅の縁
- 百年前の花屋は今も花屋
- 郷愁のガムラスタン散歩
- バルト海の夕暮れ
- 船室での一夜
- これぞ究極のアンティーク
- 古(いにしえ)の里スカンセン
- 過信は禁物-1[ストックホルム発・ボルネス行 列車での失敗]
- そして タクシー事件
第二章 解放の時
- 森と湖の都ヘルシングランド
- 森の木に抱かれて
- 静かなる自然の抱擁
- 小さな拷問
- 私は珍獣パンダ
- ダーラナへの道-左ハンドルのスリル-
- Kiren
- 故郷の色"ファールン"
- ダーラナの赤い道
- ダーラナホースに会いにきた
- ムース注意!
- 白夜の太陽
- 過信は禁物-2[ボルネス発・ルレオ行 またも列車での失敗]
第三章 静寂の時
- 北の国 ルレオでの再会
- 雪と氷のサマーハウス
- 白夜の国のサマーライフ
- 焚き火の日
- ガラクタ屋とスティーグ
- ミスター・ヤンネ と ミセス・イボンヌ
- 田んぼん中の"ラーダ"
- 中世の都 ガンメルスタード
- 余情つくせぬ古都への想い
- 流氷のささやきに心奪われ
- 最後の晩餐-ウルルン風-
- 白夜の車窓にて
- ストックホルムのスシバー
- 旅のおまけ["モスクワ"フシギ録]
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